その他リスク

ネット上の削除「忘れられる権利」とは?

2023年07月31日

読了時間目安: 7分


インターネット上に情報が一度出回ると、それを取り消すのは簡単ではありません。個人のプライバシーと名誉に関わる問題を引き起こすことがあるこの現象に対して、ヨーロッパでは「忘れられる権利」という概念が生まれました。この権利は、インターネット上の過去の情報を削除することで、個人のプライバシーを保護しようというものです。しかし、その適用範囲や実施については様々な議論が存在します。本記事では、「忘れられる権利」について詳しく解説し、その意義と問題点、現在の状況について探ります。

「忘れられる権利」の概念と起源

「忘れられる権利」とは、EU法で初めて提唱された、個々のインターネットユーザーが過去の個人情報を削除、または非表示にする権利のことを指します。インターネットとデジタル技術の進化に伴い、情報が一度ネットに公開されると永続的に残る可能性が高まりました。これらの情報は過去の失敗、不適切な行動、あるいは誤解を招く可能性のある出来事に関するものも含むことになります。この権利の起源は、2011年フランスであった裁判が契機となり、広く認知される様になりました。グーグル社を相手取り、ネット上にあげた自身の映像の削除を求めた裁判です。結果としては原告が勝利し、ネット上の削除が認められ、世界的に「忘れられる権利」についての議論が始まるきっかけになりました。しかし、この「忘れられる権利」は新しい概念であり、その適用、範囲、限界については依然として活発な議論が続いています。多くの場合、情報の自由とプライバシーの保護との間の複雑なバランスをとる必要があります。また、デジタル情報の永続性という新たな現象に対処するための枠組みとして、「忘れられる権利」がどのように発展するかを見ることは、我々がインターネットの未来を理解するうえで重要な一環となります。

「忘れられる権利」の法的背景

「忘れられる権利」は、ヨーロッパの個人データ保護法の一環として確立されました。具体的には、この概念は2014年に欧州司法裁判所によって定義され、その後2016年に施行された一般データ保護規則(GDPR)によって具体化されました。GDPRでは、データ主体(個人)が特定の条件下で、その個人データを処理するデータコントローラ(企業や団体)に対して、データの削除を要求する権利を持つと規定しています。これには、データがもはや目的を果たさない場合、データ主体が同意の撤回を行った場合、法的な義務に基づく場合などが含まれます。ただし、GDPRによる「忘れられる権利」は絶対的なものではなく、他の権利や利益とのバランスを取る必要があります。たとえば、表現の自由、公益のための情報の公開、法的な義務を果たすためのデータの保持など、これらの権利や利益が「忘れられる権利」に優先する場合があります。そのため、この権利の適用は、個々のケースによります。

「忘れられる権利」の意義

インターネットは、情報の永続性と利便性を高め、情報が何年も前のものであっても簡単に検索して見つけることが可能になりました。しかし、この現象は、個々のプライバシーや評価に影響を及ぼす可能性があります。「忘れられる権利」は、この様な過去の情報が人々の現在や未来を不当に左右するのを防ぐことを目的としています。また、「忘れられる権利」は個々の自己決定権とプライバシーの保護に重要な役割を果たします。個々の人々が自分のデータがどのように使われ、保存され、共有されるかについて一定のコントロールを持つことができます。特に、情報が古くなり、もはや現在の状況を反映していない場合や、情報が一部しか公開されておらず、誤った印象を与える可能性がある場合、この権利は非常に重要です。しかし、この権利の保護は完全ではありません。情報の削除を求める権利は、他の公共の利益や法的義務、そして情報の自由といった他の考慮事項とバランスを取る必要があります。したがって、「忘れられる権利」は、一部の特定の状況においてのみ適用され、全ての情報に対する絶対的な権利とはなりません。

「忘れられる権利」の問題点

「忘れられる権利」は多くのメリットがありますが、その適用と実施にはいくつかの問題点が存在します。以下に主な問題点を挙げます。

技術的な課題

データの削除は容易な作業ではありません。一度公開された情報はインターネット上に広がり、削除が困難になる場合があります。また、全てのデータが適切に削除されたか確認するのは難しく、部分的に残存した情報が新たな問題を引き起こす可能性もあります。

情報の自由と開放性への影響

適切なバランスが取れない場合、情報の削除は検閲や歴史の改ざんに繋がる可能性があります。これは、インターネットの開放性や情報の自由という原則に対する懸念を引き起こします。

適用の一貫性と明確性の欠如

「忘れられる権利」の適用範囲は個々のケースによります。適用の一貫性を確保するための具体的なガイドラインや基準が不足しており、これが適用に一定の曖昧さをもたらしています。
以上の問題点は、データ保護と個人のプライバシーを確保するための努力を続ける中で、解決すべき課題となっています。

「忘れられる権利」の今後

「忘れられる権利」は、情報の利便性と永続性に新たな視点をもたらし、個人のプライバシーとデータ保護に関する議論を一段と深めるきっかけとなりました。しかし、その適用と実施は現在も進行中の課題であり、法的、技術的、倫理的な問題に取り組む必要があります法的な観点から見ると、国や地域によりデータ保護の規制が異なります。一部の国では「忘れられる権利」が法制化され、個人が自身の情報を管理し、必要に応じて削除する権利を有しています。しかし、他の地域ではそのような権利は法的に保護されていません。この地域間の法制度の不均一性は、「忘れられる権利」の全世界的な適用を困難にしています。技術的な観点からは、データの削除とその確認は引き続き困難な課題となっています。一方で、新たな技術の開発と進化は、データの管理と削除の効率化に対する可能性を示しています。これには、ブロックチェーン技術やAI(人工知能)を活用した情報管理などが含まれます。倫理的な観点からは、「忘れられる権利」は個人のプライバシーを保護する一方で、情報の自由や透明性とのバランスを保つ必要があります。情報の削除が不適切に行われた場合、それは検閲や歴史の改ざんに繋がる可能性があります。したがって、情報を削除する権利と、情報にアクセスする権利との間で適切なバランスを見つけることが求められます。

忘れられる権利に対する対策

企業や団体は、「忘れられる権利」に対応するために、いくつかの対策をとることが求められます。これには、以下のような対策が含まれます。

データ管理プロセスの見直し

データの収集、保存、使用、削除に関するプロセスを見直し、個人の「忘れられる権利」を尊重するようにする。これには、データ削除のリクエストを処理する手順を確立することも含まれます。

データプライバシーとセキュリティの強化

個人のデータを安全に保つための措置を強化し、不適切なアクセスや漏洩を防ぐ。これには、暗号化やアクセス制御などの技術的な手段を用いる。

法的な準拠

「忘れられる権利」に関する法的な要件に準拠するための手順を確立する。これには、関連する法律や規制を理解し、適切な対応策をとることが必要です。これらの対策は、「忘れられる権利」が個人のデータ保護における重要な部分であることを考えると、組織にとって重要な課題となっています。

日本の「忘れられる権利」

日本における「忘れられる権利」の取り扱いは、他の国や地域と同様に、プライバシーの保護と情報の自由とのバランスを見つけることを求められています。日本の情報保護法制は、2017年に改正された個人情報保護法を中心に構築されていますが、「忘れられる権利」については、特に明確に規定されているわけではありません。しかしながら、個人情報保護法には「利用目的外利用の制限」や「開示要求」、「訂正等要求」、「利用停止等要求」の規定があり、これらの規定によってある程度「忘れられる権利」が実現できるという見方もあります。例えば、「利用目的外利用の制限」は、個人情報を事前に公表した利用目的の範囲を超えて利用することを禁じています。「開示要求」、「訂正等要求」、「利用停止等要求」は、個人が自分の情報について、開示、訂正、追加、削除、利用停止、第三者提供停止を要求する権利を保証しています。これらの権利は「忘れられる権利」の原則と合致していますが、インターネット上の情報を全て削除するという意味では、制限があると言えます。また、適用対象が「事業者」であるため、一般のユーザー間での情報の取扱いについては規制の範囲外となっています。一方で、違法に個人を誹謗中傷する情報などについては、プロバイダ責任制限法に基づき、情報の削除を求めることが可能です。しかし、その手続きは一定の条件を満たす必要があり、容易に行えるものではありません。以上のように、「忘れられる権利」は日本においても重要な議論の対象となっています。現状の法制度には一定の制限があるとはいえ、プライバシー保護の観点からは、今後の議論と法制度の進化が待たれます。

まとめ

本記事では、「忘れられる権利」について解説しました。この権利は個人のプライバシー保護と情報の自由との間の新たなバランスを模索するもので、インターネットの普及と共に注目されるようになりました。「忘れられる権利」の適用は個々のケースにより常に考察する必要があり、実施にあたっては法的、技術的、倫理的な課題が存在します。また、日本における「忘れられる権利」については、現行の法制度には一定の制限がありながらも、プライバシー保護の観点からは今後の議論と法制度の進化が待たれます。「忘れられる権利」はデジタル時代の個人の自由と尊厳を守るための重要な概念であり、法的、技術的、倫理的な課題に対処するためにも必要不可欠な権利と言えます。